村の歴史

2013年5月8日

 

 

 田舎館村は昭和30年4月1日、田舎舘村と光田寺村が合併して誕生しました。

 

 津軽平野の南部に位置するこの地域からは、縄文時代や弥生時代の遺跡が数多く確認されており、なかでも弥生時代中期末の水田跡が656枚ほど発見され、全国的に有名になった垂柳遺跡(国史跡)があります。


 また田舎館村には南北朝時代に既に武将の館があり、戦国時代には田舎舘城千徳氏が居住していました。


 天正13年(1585)の壮烈な戦いや、五代城主千徳掃部政武の妻、於市の方の自刃は長く語り継がれています。


 近年は、これらの歴史や、先人たちが築き上げてきた伝統文化を大切にしたむらづくりを進めるとともに、緑(農業、自然)と工業の調和した稲香るふるさととして発展を続け、現在に至っています。

 

 

 

  ・ 田舎館村章

 


村章   統一円満を意味する円の中に、田舎館村の頭文字でもあり、稲穂が実る村のイメージとしての「田」がおさめられ、上部には村の歴史を物語る館(城)を配しています。
 

  昭和34年、広く一般に公募した中から、当時の川部小学校に勤務していた高木春雄氏の作品が選ばれ、制定されました。